投資詐欺やハッキングにより仮想通貨を失ったとき、被害者が最初に取る行動は、警察への相談、あるいは弁護士への依頼でしょう。しかし、ここで多くの方が直面するのが、「仮想通貨特有の技術的な壁」です。
弁護士は法律のプロフェッショナルですが、ブロックチェーンの複雑な資金移動、多層的なマネーロンダリング、匿名化技術の解析といった技術的な分野については専門外です。
弁護士が訴訟や資産凍結の要請を効果的に行うためには、その法的根拠となる「決定的な証拠」が必要です。そして、その証拠を生み出すのが、調査会社の役割です。
本記事では、被害者が資産を回復するために弁護士に依頼するその前に、なぜ調査会社が不可欠なのか、そして調査会社が作成する「証拠資料」が、いかにして法的な回収プロセスを成功に導くのか、その決定的な役割を徹底的に解説します。
なぜ弁護士だけでは「追跡」が難しいのか?— 法的手続きと技術的解明の分離

従来の事件と仮想通貨詐欺の決定的な違い
従来の銀行振込による詐欺事件の場合、警察や弁護士は銀行の口座情報(氏名、住所)を辿ることで、犯人の身元や資金の行方を特定できました。しかし、仮想通貨詐欺では以下の点でプロセスが大きく異なります。
匿名性の壁
仮想通貨の取引履歴に表示されるのは、「ウォレットアドレス」という文字列のみです。このアドレスは、特定の個人情報と直接結びついていません。弁護士は「このアドレスの所有者を特定せよ」と法的に請求できますが、どのアドレスが犯人のものなのか、資金がどのアドレスを経てどこに向かったのかは、技術的な解析なしには分かりません。
資金洗浄(マネーロンダリング)の複雑性
詐欺師は、資金を何百ものアドレスに分散させ、海外の規制の緩い取引所に送金します。この複雑な資金の流れを理解し、一本の線として可視化する作業は、法律の専門知識ではなく、データ解析とブロックチェーンフォレンジックの専門技術を必要とします。
調査会社が埋める「技術的な知識ギャップ」
調査会社は、弁護士と取引所(または裁判所)の間に立ち、「技術的な通訳」と「証拠の製造元」としての役割を担います。
- 弁護士の役割: 資産凍結、情報開示、損害賠償請求など、法的な権限を行使する。
- 調査会社の役割: 弁護士の法的行動を可能にする、不正な資金の流れを証明する技術的根拠を提供する。
調査会社が作成する「証拠資料」の決定的な3つの要素

調査会社が作成する報告書は、単なる資金の追跡結果ではありません。それは、弁護士が法的手続きを進める上で、論理的かつ技術的に完璧な「地図」となるものです。
要素1:資金移動の「決定版」となるグラフィカル・フローチャート
弁護士が取引所や裁判所に「資産凍結」を求める際、最も説得力を持つのが、資金の流れを図示した視覚的な資料です。
- 内容: 被害者のウォレットから流出した資金が、何十、何百というアドレスを巡り、最終的にどこの取引所のどのアドレスに集積したかを、色分けされた線と点のグラフで明確に示します。
- 決定的な役割: 抽象的で複雑な「仮想通貨の移動」という概念を、「犯罪資金の具体的な流れ」として誰でも理解できるように変換します。これにより、弁護士は「この資金こそが被害者のものだ」という主張を裏付けをもって展開できます。
要素2:犯人グループを特定する「クラスタリング分析報告」
詐欺師は複数のウォレットを使用しますが、調査会社はそれらが同一の犯人グループ(または個人)によって管理されていることを技術的に証明します。
- 内容: 資金の送金パターン、使用された特定のプロトコル、取引の時間差などから、関連性の高いウォレット群(クラスタ)を抽出したリストと、その関連性を証明する技術的な根拠を記載します。
- 決定的な役割: 詐欺師がアドレスをいくら変えても、「これらすべてのアドレスが同一の犯罪組織に属している」と証明できるため、弁護士は単一のアドレスだけでなく、関連するすべてのアドレスを対象とした情報開示請求や凍結要請を、より強力に行うことができます。
要素3:法的要請のトリガーとなる「最終着地点(出口)の特定」
資金の追跡の最終目標は、資金が法定通貨に換金される、あるいは規制下にある取引所に入金される「出口」を特定することです。
- 内容: 資金が最終的に入金された仮想通貨取引所の名称、正確なウォレットアドレス、および資金の着金日時を明確に記載します。
- 決定的な役割: この「出口」こそが、弁結士が法的なアクションを起こす唯一のトリガーとなります。取引所名が判明しなければ、資産凍結や情報開示を請求する相手先が存在しないからです。調査会社は、この法的アクションの相手先を特定する、極めて重要な役割を果たします。
調査報告書がなければ不可能な「法的アクション」

調査会社が作成した証拠資料がなければ、弁護士は以下の重要な法的アクションを取ることができず、結果として資産の回収は実現しません。
「資産凍結」の成功率を飛躍的に高める
取引所が不正資金の凍結要請に応じるかどうかは、提出された証拠の信頼性と専門性にかかっています。
- 証拠の質: 弁護士が提出する資料が、調査会社による高度な解析ツールで作成された、明確な資金の流れ図であれば、取引所はマネーロンダリング対策(AML)の観点から、その要請を無視できません。
- 迅速性: 調査会社は、流出直後の緊急を要するタイミングで迅速にこの報告書を作成するため、弁護士は資金がさらに拡散する前に緊急凍結を申し立てることが可能になります。
「情報開示請求」の法的根拠となる
資産が凍結された後、次に弁護士が行うのは、その凍結された資産の所有者情報(犯人の氏名、住所など)を取引所から開示させる情報開示請求です。
- 説得力: 弁護士は、単に「詐欺に遭った」と訴えるだけでは開示を得られません。調査報告書によって「この特定のウォレットアドレスに入金された資金が、確実かつ直接的に犯罪収益である」と証明することで、取引所に対し情報開示の法的義務があることを強く主張できます。
裁判における「被害の特定」を可能にする
民事訴訟で損害賠償を請求する際、被害者は「何を」「どのように」失ったかを裁判所に証明しなければなりません。
- 被害の明確化: 仮想通貨詐欺では、単に日本円を送金したわけではないため、「何BTCが、どのアドレスに移り、それが今、犯人の〇〇が保有する口座に凍結されている」という具体的な事実を、技術的な裏付けをもって裁判所に提示する必要があります。調査報告書は、この複雑な被害特定プロセスを可能にする唯一の客観的証拠となります。
弁護士と調査会社の理想的な連携体制

資産回復を成功させるためには、「弁護士を探してから調査を始める」のではなく、最初から調査と法務の両輪を回すことが重要です。
理想的なフロー
- 被害発生: 被害者は、証拠を保全し、ブロックチェーン調査会社に相談。
- 調査フェーズ: 調査会社が緊急証拠保全を行い、資金追跡を実施。法的効力を持つ「調査報告書」を作成。
- 法務連携フェーズ: 調査報告書に基づき、調査会社と連携している仮想通貨専門の弁護士に依頼。
- 回収フェーズ: 弁護士が報告書を武器に、取引所への資産凍結・情報開示請求、および犯人への損害賠償請求を行う。
調査会社を選ぶ際の重要視すべき点
弁護士に依頼する前に調査会社を選ぶ際は、以下の点を重視してください。
- 連携実績: 特定の弁護士事務所や、IT法務に強い弁護士と日常的に連携している実績があるか。
- ツールの専門性: 手動ではなく、国際基準の専門解析ツール(Chainalysisなど)を使用しているか。
- 報告書の完成度: 過去の報告書のサンプルを確認し、視覚的な分かりやすさと法的論拠の明確さを兼ね備えているか。
希望を諦めないための最初の一歩

「返金は無理」という言葉は、ブロックチェーン調査の技術を知らない時代のものであり、現在では通用しません。弁護士の強力な法的武器となるのは、調査会社が作成した「証拠資料」です。
あなたの資産を取り戻すための最初の、そして最も重要なステップは、流出から時間が経つ前に、証拠を完璧に保全し、ブロックチェーン調査の専門家に相談することです。
調査報告書が完成すれば、弁護士はその決定的な証拠をもって、資産凍結、情報開示、そして損害賠償請求へと一気に進むことができます。希望を捨てず、まずは専門の力を頼ってください。

